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日本最高峰のフットサルクラブに集いし者の物語「町田と僕とペスカドーラ」♯10 原辰介

町田市をホームタウンとする「A S V ペスカドーラ町田」は日本最高峰のFリーグ1部に所属するプロフットサルクラブです。ここではペスカドーラ町田の“なか”にいる人物を毎回紹介していきます。第十回は、大手企業の営業マンとしての顔も持つ原辰介選手の物語。

Fリーグで一番下手

そんな自己評価をするのはFリーガー11年目を迎えたベテランの原辰介選手です。この連載で紹介したペスカドーラの選手も含めた多くのFリーガーが「子供の頃の夢はプロサッカー選手」と話します。しかし原選手は「プロサッカー選手なんて滅相もない」と恐縮するのです。実際、高校のサッカー部は同学年が4人しかいない弱小高でした。
そんな原選手ですが、7歳上の兄・章展さんはペスカドーラの元選手でした。しかも日本人GKとして初めてスペインリーグでプロ契約を結んだ人物です。

200試合記念に兄の章展さんと

その兄のツテで大学進学を前にペスカのサテライトチームに入った原選手は、翌2014年にトップへ昇格、5シーズンを過ごしました。転機が訪れたのは2019年の春でした。大学院を卒業して大手食品メーカー味の素株式会社へ就職したことにより、ペスカの午前練習に参加できなくなってしまったのです。引退も考えたそうですが、夜9時から練習していたライバルのバルドラール浦安へ移籍するという決断に至りました。クラブの甲斐修侍代表からは「お前が赤いユニフォームを着るところは見たくないが競技人生がかかっているから仕方ない。レンタル移籍のつもりでいるから都合がついたら戻って来い」と告げられたそうです。

大手企業でバリバリ働くサラリーマンFリーガー

2022年、ペスカドーラの練習場所が町田市立総合体育館に移り、練習時間が早朝に変わったことで原選手は、3年ぶりに黄色いユニフォームに袖を通します。それはくしくも甲斐代表が監督に就任した年でした。

「総じてラッキーな11年間でした。周りの人に恵まれ、家族の支えもあり、大きな怪我もなく。会社にはこの活動を許容してもらうどころか、応援までしてもらっています」

だからこそ「Fリーガーを言い訳にできないですし、もし会社に『支障が出るから引退しろ』と言われたらそうする覚悟でいます」という原選手は、8時45分に練習を終えると9時にはパソコンを立ち上げて業務に就きます。外回りの営業成績は上々、充実のビジネスライフを過ごしています。

マスコットを握って商談中

Fリーグで一番下手かどうかはわかりませんが、労を惜しまぬ裏抜けや集中を怠らないカバーリングで、原選手がチームを助け続けていることは確かです。その愚直で献身的なプレーは、彼が大手企業のサラリーマンであることを抜きにしても、充分な価値があります。

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