スポーツ町田市

日本最高峰のフットサルクラブに集いし者の物語「町田と僕とペスカドーラ」♯1山中翔斗

町田市をホームタウンとする「ASV ペスカドーラ町田」は日本最高峰のFリーグ1部に所属するプロフットサルクラブです。ここではペスカドーラ町田の“なか”にいる人物を毎回紹介していきます。第一回は、創設18年目のペスカドーラと共に育った21歳のエース山中翔斗選手の物語。

優勝を誓う若きエース

「人生で一番悔しかったです。何もできませんでした」。首位で迎えた昨シーズンの最終節、2位名古屋オーシャンズとの直接対決に敗れ、目の前で優勝を決められた時のことを山中翔斗選手はそう振り返ります。今シーズンは「練習試合だったとしても毎回あの光景を思い浮かべて、何の為にやっているのか?」と自問していると言います。もちろん〝優勝〞の為です。

2021- 22シーズン若干18歳でFリーグデビューした山中選手は、ほどなくしてブレイクを果たします。鋭いドリブルとパワフルな左足のシュートで決定機や得点を量産し、翌シーズンにはFリーグ新人王に選ばれ、日本代表にも選出されるようになります。昨シーズンからはクラブレジェンドの金山友紀さんが付けていた背番号7をつけ、名実共にペスカドーラ町田の顔として堂々たるプレーを続けています。

〝子供の頃の憧れ〞になれた今

山中選手とフットボールの出会いは幼稚園年中の時、2学年上の兄の影響で地元八王子の町クラブでサッカーを、並行してペスカドーラのスクールでフットサルを、始めました。ペスカドーラのスクールコーチは当時のトップ選手が務めており、翔斗少年は町田市立総合体育館で行われるホームゲームへ、憧れのコーチを応援しによく行ったそうです。

翔斗選手(左)と兄の大輝さん(右)

中学時代からはFC町田ゼルビアのジュニアユースチームでサッカーに専念しますが、3年後ゼルビアのユースチームに進むことはできませんでした。足下の技術はチームで一番と評価されていたのですが、身体が小さいことを理由に道を断たれてしまいます。高校生になってから身長が伸び現在176㎝の山中選手に「もっと早く伸びていれば、と思ったりは?」と聞いたところ「それだと今がないので、遅くて逆にラッキーでした(笑)」という返答。ペスカドーラのエースとしてプレーする現在の充実と自信が滲み出ているようでした。高校からはフットサルで上を目指す決断をした山中選手は、ペスカドーラ町田のユースチームで全日本U- 18フットサル選手権に優勝。高校3年時からトップの練習に参加するようになり、現在に至ります。

「子供たちに寄り添ってあげることです。自分がそうしてもらったように」と指導方針を話す山中選手は今、ペスカドーラのスクールコーチの仕事をしています。「憧れの選手からフットサルを教わった自分が、今は選手になってフットサルを教えているので、いつか自分の教え子にも」。まだまだ歴史の浅いフットサルというスポーツの、ペスカドーラ町田というクラブで始まった「この循環の第一人者になりたい」と語ってくれました。

「みんな成長が早い!」と翔斗コーチ

「子供の頃の憧れはスクールコーチの山中翔斗選手でした。初優勝メンバーの」。十数年後、何度目かの優勝トロフィーを掲げるペスカドーラの選手が、そんなふうに語る日がくるかもしれません。

ペスカドーラ町田/ASV PESCADOLA MACHIDA OFFICIAL SITE
タイトルとURLをコピーしました